最初の記憶のまわり

生まれた頃の環境

生まれたのは、新潟県の女池というところ。

その後、五十嵐というところへ引っ越して、幼少期を過ごしていた。

当時のことを自分で覚えているわけではない。

家族から聞いた話や、あとから知ったことも混ざっている。

それでも、自分が最初にいた場所として、女池と五十嵐という地名は残っている。

自分で覚えている最初の場面

幼稚園は、神宮寺尾幼稚園という場所だった。

ゲームなんかに出てきそうな名前だ。

ただ、幼稚園で何をしていたのか、どんな友達がいたのかという具体的な記憶は、今のところあまり残っていない。

自分で覚えている最初の場面というより、最初に覚えている場所の名前が、神宮寺尾幼稚園なのかもしれない。

家の中で好きだったもの、苦手だったもの

外に出て遊ぶのが好きだったらしい。

この「好きだったらしい」というのが、自分の記憶なのか、誰かから聞いた話なのかは、もうよく分からない。

ただ、夏場は少し歩くとスイカ畑があったという記憶が強い。

どの道を歩いていたのか、誰と一緒だったのかまでは覚えていない。

けれど、家の近くを少し歩いた先にスイカ畑があったことだけは、風景として残っている。

幼稚園で印象に残っている出来事

さすがに数十年前のことなので、覚えていることの方が少ない。

幼稚園で何があったのか、誰と遊んでいたのか、印象に残る出来事はほとんど思い出せない。

卒業前後に感じていたこと

小学校へ進むときに、引っ越すことになっていたらしい。

当時は、よく分かっていなかった。

けれど、それが普通だと思っていたようだ。

これまでいた場所を離れること。

知らない場所へ行くこと。

どんなところに行くのだろう。

何が待ち受けているのだろう。

そんなことを、子どもなりに考えていたのかもしれない。

今の自分に残っているもの

今でも、引っ越すたびに、新しい場所へどう適応していくのかを考える。

知らない場所を知ること。

少しずつ慣れていくこと。

それは楽しみでもあるけれど、正直なところ、億劫でもある。

それでも、まずは散歩をする。

歩きながら周りを確かめ、どこに何があるのかを知っていく。

そうしているうちに、知らない場所が少しずつ自分のいる場所になっていく。

幼少期の引っ越しが、今の自分の習慣に直接つながっているのかは分からない。

ただ、知らない場所へ行き、歩きながら少しずつ確かめていくというやり方は、今も自分の中に残っている。